ふーこー・どぅるーず・でりだ・ばると(その2)【引用の織物】

*「ひとかたならぬお世話になっております」より

 自分の場合には、ヒトである自分の顔を鏡で見たりすると、いかにもそんなことをしそうな異様な気配を覚えます。鏡の中の自分に「相貌的知覚」(※何かに人の表情や動作を見るという意味ですね)を覚えるということです。これは、少なくとも自分に関して言えばの話です。顔に顔の気配を感じる。なんだか、不気味ですけど。鏡に映った自分の顔や姿は、自分の顔や姿そのものではないということを思い出しましょう。

 あれは光の反射を映し出す「鏡というもの」なのです。それに「映った像」なのです。自分の顔や姿でないものに自分の顔や姿を見てしまう。当たり前のようで、不思議な話だとはお思いになりませんか。写真、ビデオ、テレビの映像、パソコンのモニター、映画、絵画――これらは、それにヒトが見いだす物自体ではないのです。

「これはパイプではない。」

という名の付いた、パイプが描かれたルネ・マグリットの絵を題材にして、ミシェル・フーコーが何やら書いていた記憶があります。その原文を大学の授業で読まされたような気がします。それとも、似た話ではないでしょうか。鏡の中の自分に「相貌的知覚」を覚える。ちょっと、ジャック・ラカンの曲解をしてみました。このことは、いつか詳しく書きたいです。

 

*「ああでもあり、こうでもある」より

 あなたはSですか、それともMですか?

 この質問をエッチな意味でとってくださって、けっこうです。どうでしょう? あなたはサディスト( or サディスティック)ですか、それとも、マゾヒスト( or マゾヒスティック)ですか? どちらでも、ないですか? 両方の要素がありますか? 時と場合によりますか? TPO次第で変わるから一定していない、ですか? 

 ジル・ドゥルーズという人の書いた本の邦訳である『マゾッホとサド』の訳者が、蓮實重彦氏です。内容や詳細はすっかり忘れましたが、要約すると、

いわゆるSとMとは反意語でない

ということが書かれていたと記憶しています。比喩的に言えば、反意語というより、両者のベクトルが違うという意味だったような気もします。これもまた、蓮實重彦氏が何かに書いていらっしゃったことですが、マルセル・プルースト作の、例のとてつもなく長い小説『失われた時を求めて』は、「長い」の反対が「短い」ではないことをめぐって書かれた作品である、という意味の文を読んだ覚えがあります。間違っていたら、ごめんなさい。

 

*「スポーツの信号学(1)」より

 一昨日の記事で出てきた、あのいかがわしい本を書いたフランス人、ロラン・バルト氏はその「遊び心」をもった粋な「おじさん」でした。享年65歳でしたら、「おじいさん」と呼ばれるギリギリのところでしょうか? 

「なぜか」並べちゃいますが、ミシェル・フーコー氏が亡くなったのは58歳の時です。現在のような治療法が存在しない時期の死は、壮絶なものだったと言われています。モデル小説とされる『ぼくの命を救ってくれなかった友へ』(エルヴェ・ギベール著)を読んで、涙が出ました。フィクションとはいえ、病状の書き表し方がすごくリアルなのです。まだ若かったのに……。もっと知的に楽しませてほしかったと思います。

 そういえば、クロード・レヴィ=ストロース氏は、今年(注:この記事は2009年に書かれました)の11月で101歳ですよ! すごいじゃありませんか。もっと長生きしてほしいです。悲しい話もありました。ジル・ドゥルーズ氏のことです。70歳まで生きたとはいえ、自宅のアパートから投身自殺しました。マルクス研究を土台に哲学を論じ、テクスト分析をしたルイ・アルチュセール氏も、最終的には不幸な生涯を閉じました。奥さんを絞殺したというニュースには、本当にびっくりしました。心神喪失とみなされ免訴にはなりましたが、今でも信じられません。享年72歳でした。

 なんだか、芸能ニュース的な記述になりましたが、このところ、学生時代に大学で読まされたり、自分から読んだテクストの断片がやたら頭に浮かび、あのテクストを書いたあの人はどうなったのか? みたいなことを考えてしまうのです。抑うつがひどくなりそうなので、話題をもどします。

 そうでした。遊び心が大切だという話です。バルト氏は、批評の対象をどんどん変えていきました。あるものに一時的に没頭するけれど、決して真剣になりすぎない。ある領域でけっこういい仕事をしておきながら、すぐに目移りする。浮気者だったのですね。遊び人だったのですね。でも、いろいろ楽しませてくれました。

 そのバルト氏の著作のなかに、Mythologies (邦訳名:『神話作用』および『現代社会の神話』)というおもしろい本があります。プロレス、石鹸、俳優、ストリップ、スポーツカーなど、フランスのさまざまな文化現象をその「言説」にこだわりながら論じたものです。ああいう「めまい」を誘うような愉楽を提供してくれるのが、バルト氏の魅力でした。

 卒論で、『S/Z』という著作を中心にバルト氏について書いたのですが、その種本にしたのが、スティーヴン・ヒース(※Stephen Heath)という、主に映画評論を手がけていた英国人作の Vertige du déplacement (※日本語にすれば「変移のめまい」つまり、「あちこち目移りして、とっかえひっかえしているうちに、目が回っちゃった」)という書物でした。「めまい」というのは、「めくばせ」とは違いますが、何か気になる言葉です。

 

*「うつとあ・そ・ぼ、あるいは意味の構造について」より

 こんなふうに、うつという言葉(※あくまで言葉ですよ)を使って遊んでみましょう。もてあそびましょうよ。うつむいた顔を上げ、うっとうしいこの世のうさを晴らしましょう。少なくとも、そんなふうに、うつと共生する生き方もあるんです。

 さらに言わせていただくなら、ジャック・デリダも、ジャック・ラカンも、それぞれ哲学者、精神病理学者として一部の人たちから崇め奉られながらも、ひたすら言葉と戯れていたじゃありませんか。あの人たちの本をちゃんと読んだわけでは全然ありませんが、あれって確かオヤジギャグ以外の何ものでもなかったですよ。

 しかもフランス語で言葉の遊びをしているため、邦訳は、「概念」なり「意味」なりをくみとって日本語にするという、2人のジャックさんご両人が最も望まない倒錯に陥ってしまわざるを得ない。なのに、その邦訳を手に深刻さを装い、しかめっ面をして、デリダ様を、ラカン様をありがたく読むなんて、「デリダする」ことにも、「ラカンする」ことにも、ならないのではないでしょうか。概念? 害念、ですよ。意味? 忌(いみ)(※この「忌(=斎)」の意味は広辞苑あたりで調べてください)、ですよ。

 デリダラカン――。またもや、必要に迫られて、固有名詞を出してしまいましたが、権威など嫌いです(※この点については、当ブログの「その点、ナンシー関は偉かった」の記事で書きました)。固有名詞の放つ、まばゆい光を利用しようという魂胆(※「虎の威を借りる」とも言います)など、毛ほどもありません。


*「たとえる(9)」より

 ある言葉(※単語・語句・フレーズ・センテンス)の、物質性=音声 or 文字(※漢字・ひらなが・カタカナ・ローマ字)の響きや形に注目すると同時に、その言葉の抽象性=意味(※語義)=イメージにも注目して、「たとえる」=「こじつける」を行うのは、できそうで、なかなかできない技です。

 知的なアクロバットみたいなものです。たとえば、クロード・レヴィ=ストロースというフランスの文化人類学者が La pensée sauvage というタイトルの本を書きました。フランス語です。

 pensée を仏和辞書で引くと分かりますが、別項扱いで2つの意味があります。名詞で、「思考、考え方」と「三色スミレ、パンジー」です。「パンセ」みたいに発音します。パスカルの『パンセ』という本がありますが、レヴィ=ストロースは、その『パンセ』の愛読者だったようです。

 一方、sauvage には、形容詞として「野生の、未開の、自然のままの」の意味があり、名詞だと「未開人、原始人」という意味になります。「ソヴァージュ」みたいに発音します。「ソバージュ」というヘアスタイルは、ここから来ています。確かに「野性味」がある髪型ですね。

 すると、この本のタイトルは、2通りに訳せることになります。1つは、邦訳で採用されている「野生の思考」、もう1つは「野生の三色スミレ」です。だじゃれ=オヤジギャグといえば、それまでなのですが、言葉の音声=発音や、文字=スペリングの類似だけでなく、その言葉の意味・語義やイメージの類似にまでかかわっているのが、特徴的です。

     *

 古い例で恐縮ですが、「僕さあ……、ボクサー」なんていう、ガッツ石松氏のギャグとは一線を画します。いわゆる「深読み」ができそうです。たとえば、

*「野生の思考とは、ヨーロッパ的2元論=2項対立にしばられた思考法ではなく、3つ目の思考も含む豊かで柔軟な世界観である」(※「野生」と「思考」と「3」が出てきていますね)

という感じの深読みです。「感じ」と書いたのは、この本を読んだことがないので、勝手に想像しているという意味です。したがって、この想像は当たっていないかもしれません。厳密にはそうでなくても、そんな「感じ」だとして話を進めると、要するに、

*「○か△か」という選択と排除の論理

ではなく、

*「○でもあり△でもある」、あるいは「○でなく△でもある」、あるいは「○でもあり△でもあると言えるし、○でもなく△でもないとも言える」みたいなぐちゃぐちゃした考え方

になりそうです。

 どういうわけか、太古に言語を獲得してしまったヒトは、必死で「○か△か」という「分ける」作業を繰り返し、「分かる」という、いわば「知の快感」を覚え、「1か0」という究極的に「分かりやすい」仕組みを基本とするコンピューターを作り、今日に至っているわけです。つまり、

*「ぐちゃぐちゃ」から、「○か△か」=「1か0」へ

というイメージです。白黒を決めて、「すっきり」させちゃったということですね。便利と言えば便利、単純明快と言えば単純明快。杜撰(ずさん)と言えば、杜撰、大雑把と言えば、大雑把。

 このブログでは、

*テキトーと言えば、テキトー

と考えています。「テキトー=適当」は「いい加減」と同じで、ポジティブとネガティブの両方のニュアンスがあるからです。

 たとえば、「1か0」という「単純明快」な作業を、「疲れることを知らない」機械(※お察しの通り、コンピューターのことです)に無限大に近く何度も何度もさせると、「きわめて複雑」なことができます。実際、そういう作業を機械に任せながら、ヒトはこの惑星で「君臨した気持ち」を味わっているのです。大したものです。

     *

 話を、La pensée sauvage までに、戻します。言葉の音声面だけでなく、その意味=イメージまでに踏みこんだ「たとえる」=「こじつける」の名手を、自分の知っている範囲で挙げます。

 ステファヌ・マラルメジャック・デリダジャック・ラカン高山宏なんか、すごく上手です。ほかにもいるはずですが、知りません。カタカナの3人はフランス人ですが、その作品や講義録や論文の多くは翻訳不可能です。

 したがって、翻訳書の出版は、無理を承知の「悪徳商法」に近いものになります。解説書の出版がもっとも読者にとって誠実な態度であり、また実際に読者にとって分かりやすいものとなります。

 ジャック・デリダについての解説では、豊崎光一という人が、大変いい仕事をしていました。残念ながら、故人です。本も、今では入手しにくいと思います。豊崎氏は、ミシェル・フーコーの解説書でも、優れた業績を残しています。

   

*「名のないモンスター、あるいは外部の思考」より

 ここで、一句浮かびました。

 けさもまた じゃっく よめども ひびきなし

 ジャック・ラカンジャック・デリダ、そして彼らの惹句。言葉のアクロバットの名人たちと、ヒトを「概念へ」ではなく「言葉の運動に」誘おうとする、彼らが書いた、あるいは彼らが口にしたことを誰かが書き取った、プロパガンダ的な言葉たち――。それを積極的に模倣し、徹底して、言葉にこだわろう。言葉と戯れよう。

     

*「それは違うよ」より

 では、飛躍します。大学などで働いていらっしゃる「偉い」先生方から非難される、あるいは罵倒される、あるいは嘲笑される、あるいは無視されるのを覚悟で言います。

 アウフヘーベンしよう!

 で、「アウフヘーベン止揚(※「しよう」と読みますね)」ですが、「しようがない」の「しよう」と似ていますが、ご面倒でも「止揚(しよう)」を辞書で引いてみてください。さっそく、そう「しよう」と言っていただければ幸いです、面倒な方は、辞書を引かなくても大丈夫です。大したことではありません。「アウフヘーベン止揚」とは、要するに「飛躍 = こじつけ = だじゃれ = オヤジギャグ」なのです。さて、シリアスにいきます(※ほんまかいな)。

*「間(=ま)」とは「隔たり」、つまり「差異」である。(※さいですか?(= そうですか?)当ブログでは、何度か使ったオヤジギャグです。リユース、リ「サイ」クル、なんちゃって、失礼)。

*「差異=différence 」とは、たとえばジャック・デリダというフランスの、オヤジギャグの達人(※ 哲学者とも言われています)が、シリアスに考え続けた「もの=こと」です。そして考え続けた結果、別の名を持つ、「差異」の「双子の片割れ(※ちょっと顔立ちが違うだけの「さえん=différance 」奴なのです)」をでっち上げたのです。ただし、ややこしい話なのですが、いつか、この「もの=こと」については別の機会に、書きたいなと、身の程もわきまえずに思っております。

 

*「ま~は、魔法の、ま~」より

「差異」=「間」とは、言語化するのが困難です。不可能といってもいいほど、難しい。

【ここで、1つお願いがあります。このブログ日記を読んだあとにでも、フランスにいたジャック・デリダという人が勝手に作った、différance(※ différence ではなく )という語について、グーグルでぜひ検索をしていただければ、幸いです。いろいろな訳語がありますが、「差延(さえん)」(※さえんなあ、などと冴えないギャグを飛ばせば、ダジャレが大好きだったデリダさんは、お墓の下できゃっきゃいって喜びますよ。もし、お墓にいればの話ですが)をキーワードに、ウィキペディアで検索されると、かなり良質な解説にたどりつけます。これが、てっとり早いでしょう。ただ、その解説に目を通して、「ん? こんなの読む気はしない」と、少しでもお思いになれば、即、おやめください。頑張るのは、よしましょう。】

 繰り返します。

「差異」=「間」とは、言語化するのが困難です。不可能といってもいいほど、難しい。

 難しいのも当然です。「差異」=「間」=「空間」=「からっぽ」=「無」なんですから。<何にもない状況 or 事態>を、「何にもない」と言葉にしたところで、何にもないことに「変わり(=代わり)」はないですよね。

 でも、それをやっているのが、ヒト(=狂ったサル)なんです。この難しい、または不可能なことを、やすやすとできると錯覚する。この鈍感さなしに、ヒトは生きられない。この鈍感さなしに、ヒトとして存在できない。と、いうことなんです。

 

*「交信欲=口唇欲」より

 既に、お気づきの方もいらっしゃると思いますが、きょうは、ちょっと気分を変えて「フロイト」しています。あるいは、「ジャック・ラカン」しています。フロイトラカンについては、グーグルなり、または、いきなりウィキペディアで、お調べになってください。

 ただし、お調べにならなくても大丈夫なように、書いていくつもりです。ご安心ください。なお、「ジャック・ラカン」を検索すると、頭がぼーっとなったり痛くなる恐れがありますので、そんな気配がしたら、こりゃアカンということで、即、ご愛用のポータルサイトにでも、逃げ込むことをお勧めします。

 蛇足ですが、「ユング」は、当ブログでは、出てこない予定です。これから先、ぜんぜん、出てこないとは、言いきれませんけど――。ユングファンの方、すみません。「あんたに、ユングを出してほしいなんて、誰も頼んじゃいねーよ 」。ああ、またもや、幻聴! ジャック・デリダ氏とマラルメ師を、きょうお招きしなかった、罰(ばち)が当ったのでしょうか?

 フロイトラカンは、エロくないと理解できません。エラくなる(=偉くなる)必要はありませんが、エロくならないと絶対に理解できません。一方、ユングは、エラくないと(=偉くないと)理解できません(※このあたりのオヤジギャグは、デリダ氏にちょっと助けていただきました)。

ユング」するためには、宗教、神話、哲学などといった古今東西のいろんな知識も必要です。何しろ、集団的無意識=普遍的無意識=集合的無意識と呼ばれる、壮大な大風呂敷、いや、失礼、壮大な理論を繰り広げますから、自分のような怠け者にはついていけません。

 また、占い、霊、スピリチュアルなどとも親和性がある、つまり、仲がお良ろしいので、お金がかかってしかたありません。自分の場合、いろいろ訳ありの身なので、先立つものがございません。ですので、お布施も、お月謝も、鑑定料も払うことができないのです。要するに、「偉く」なければユングに近づくな、という意味だと勝手に理解しております。

 

*「病室の蛍」より

 フーコーは、決して長かったとは言えない生涯を通じて「視線」に注目しつつ思考を重ねた人でした。印象に残っているフーコーの本で、『臨床医学の誕生』 神谷美恵子訳(みすず書房)があるのですが、その原題はNaissance de la clinique、そして副題が une archéologie du regard médical 、つまり「医学におけるまなざしの考古学」なのです。

「考古学」なんてレトリックをフーコーはつかっていますが、要するに医学において「まなざし」がどのように機能し変化したかを丹念に歴史的に分析しているのです。日本語でも「みる・見る・観る・診る・視る・覧る・看る」と表記できるように、視線とやまいとのかかわり合いが見て取れますね。

 医学・医療・病院、刑務所・刑罰・法といった、「隔離」および「排除と選別」を前提とする、人間のいとなみや施設の構造を論じたフーコーの文章に、視線やまなざしという言葉とレトリックが頻繁にもちいられているのです。

 詳細はきれいさっぱりと忘れましたが、「視線」を重視した人だったことは確かだと思います。

        *

 ジャック・デリダという、やはりフランスの人が聴覚的な比喩を多用した思索家であったとすれば、フーコーは視覚的な比喩をもちいた思想家でした。デリダの文章では、声や鼓膜をはじめ、ティンパニだの太鼓だの鐘だのが出てきた記憶があります。それに知的アクロバットのような駄洒落の連発が特徴でした。

 一方、フーコーは、襞(ひだ)を視るとか(※フーコーについてのジル・ドゥルーズの見解だったかもしれません)、刑務所の監視塔とか砂浜の光景とか絵画・美術作品などをめぐって長文の論文を書きました。駄洒落はあまり得意ではなかった気がします。

 なんて、見てきたような、つまり自分で原著を読んだような口調で話しましたが、デリダフーコーについての以上のお話は、大学時代にお世話になった豊崎光一先生(1935-1989)の著作からの受け売りです。

 豊崎先生は哲学書と呼ばれるであろうテクストを、文学作品を読むときと同様の手法で丹念かつ精緻に読んでいました。その手際は斬新で、目を開かれる思いがしました。残念ながら故人です。その著作は現在では入手しにくいみたいです。

 現代思想に頻出する固有名詞(人名)をキーワードに、豊崎先生の主要な著作を概観してみましょう。

 たとえば、ミシェル・フーコー論である『砂の顔』、そしてジャック・デリダ論である『余白とその余白または幹のない接木』と「アナグラムと散種」においては、まるで詩や小説を相手にするように――論を読むというよりもむしろ歌や詩を読み、同時に詠む手つきで――、丹念に言葉の修辞(特に比喩)に注目しながら批評が展開されていました。

 また、翻訳・抄訳だけでなく、解説=解釈=作品でもあった、ドゥルーズ=ガタリリゾーム・・・序』(『エピステーメー』臨時増刊号)での独創的で斬新な批評のスタイルを忘れるわけにはいきません。

 豊崎光一先生は福永武彦先生(1918-1979)の愛弟子だったのですが、私が大学生だったころには、福永先生が教授で、豊崎先生は助教授でした。近寄りがたい雰囲気を漂わせていた福永先生と、寡黙な豊崎先生が、仏文学研究室にいっしょにいらっしゃるときには、それぞれ手元の書物に視線を落としているお二人のまわりには柔らかい光が差しているような気がしました。

 記憶の中の光景にすぎませんが、懐かしく思い出すと同時に背筋を伸ばしている自分がいます。お二人にはもっと長く生きてお仕事をしていただきたかったと、その早すぎる死を悔やまないではいられません。

        *

 話を病院に戻します。

 医学や医療の現場では、まず兆候を「見る」という行為から始めますね。お薬を処方する前に、「診なければならない・見なければならない」。そして、看護師さんたちは、患者と呼ばれる人を「看なければならない・見なければならない」。外科のお医者さんなら、患部を「視なければならない・診なければならない・見なければならない」。

 みる、観る、診る、看る、視る、視線を送る、視線を向ける、目を凝らす、目を据える、目を澄ます、目を注ぐ、目を光らす、目詰める、見つめる、というわけです。

 そうやって、患者の身体が発する「兆候・信号を察知する」。次にそれに基づき、「判断する」、「診断する」、「病名をつける」。場合によっては、「病名を告げる」こともあれば、「告げない」こともある。

 内科医なら、薬や抗生物質という一種の「毒」を処方する。あるいはレントゲンや超音波(エコー)を使って「みる」こともします。かかりつけの医院でもそうした検査をしていますが、機械を設備投資しなければならない医院の先生は大変だろうと想像します。開業医は経営者でもあるのですから。

【※なお、薬でもあり、同時に毒でもあるものについて、デリダは書き記すという行為の両義性と重ね合わせてスリリングな議論を展開していました。ご興味のある方は、「デリダ パルマコン(ファルマコン) 脱構築」をキーワードにネット検索されるとたくさんお勉強ができると思います。】

 外科医であれば、手術という形で、患者の身体にメスを入れ、一部を切り取ったり、接合したり、分離したりする。どの行為においても「みる」があります。現在では、放射線などを当てるなど、もっと複雑な治療法を施すのでしょう。専門家ではないので詳しいことは知りません。

 いずれにせよ、みる、視線、まなざし、信号といった「視覚をモデルにしたイメージと比喩」で語ることのできる行為が、医療の場において、かつても現在も重要性を持っていることは事実でしょう。

 もちろん、信号には聴覚に訴えるものもあることを忘れてはなりません。聴診器がいい例ですね。あと、触診も忘れるわけにはいきません。

 さらにいえば、赤ちゃんの泣き声、患者のうめきも、「信号」です。もっとも、現実には、ことは以上のような単純なものではないにちがいありません。

 

*「言葉は言葉(言葉は魔法・第5回)」より

 ミシェル・フーコーがNHKテレビに出た時のことを覚えています。渡邊守章氏(マラルメにもお詳しい方です)がインタビューをしたのです。フーコー著の『言葉と物』がフランスで「プチパンのように売れた(飛ぶように売れた)」ことに渡邊氏が触れるとフーコーが「きっきっ」とまるでお猿さんのような声を上げて笑ったのでびっくりしました。哲学書がベストセラーになる時代がフランスにあったのです。日本でも思想書がよく売れていた時期です。

 あれはいつだったのかと気になって調べてみると、フーコーが二度目に来日した1978年のことだと分かりました。

        *

 渡邊守章氏が逝去されました。大学院を中退した私は、非常勤講師として渡邊氏が受け持たれていた講義に数回出ただけで終わりました。講義のテーマはマラルメと演劇でした。ご冥福をお祈りいたします。

        *

 以下の、ウェブサイトに慎改康之氏による素晴らしい文章が掲載されていて、その中でフーコーと日本との関係が詳しく書かれています。また、フーコーの思想だけでなく、フーコーという人間を知りたい方には――決して興味本位ではなく、生き方の選択の問題です――きわめて貴重な資料ではないでしょうか。

(中略)

 上の文章では、モーリス・パンゲさんについても触れられていてどきっとしました。たしかにパンゲさんはフーコーロラン・バルトの共通の友人だった方です。パンゲさんにフーコーやバルトについて聞いておけばよかったといまになって思いますが、パンゲさんは友人についてぺらぺら話すような人ではありませんでした。温厚で、とても優しく素敵な方でした。

 ひとりの人間としてのフーコーについて、さらに知りたい方には(これも興味本位ではなく)、エルヴェ・ギベールによる、次の小説をお薦めします。フィクションですが、フーコーがモデルだったとされる人物が出てきます。小説の形式も斬新です。私はエルヴェールの小説の書き方から多くのことを学びました。

 バルト(1915-1980)、フーコー(1926-1984)、パンゲ(1929-1991)、ギベール(1955-1991)。それぞれ死因は異なりますが、人文学と創作の領域で独創的なお仕事をなさっていた、この四人の――非業と言うのでしょうか無念であったにちがないない――最期を想うと、いたたまれない気持ちになります。自分の生き方についても考えさせられます。合掌。

        *

第二次エピステーメー1984-86)

II-0号、1984年12月、 「緊急特集=ミシェル・フーコー 死の閾」

【I 思考の芯へ】

ミシェル・フーコー「幻想の図書館」(工藤庸子訳) 〔『幻想の図書館』哲学書房(ミシェル・フーコー文学論集)、1991.4→『ミシェル・フーコー思考集成2』筑摩書房、1999.3、pp.17-59→『フーコー・コレクション2』ちくま学芸文庫、2006.6、pp.158-215. 〕
(Michel Foucault, «Un "fantastique" de bibliothèque», Flaubert, G., Die Versuchung des heiligen Antonius. (Frankfurt a/M: Insel, 1964); Cahiers Renaud Barrault, 1967, no.57, pp.7-30. DE, [20])

ミシェル・フーコー「J=P・リシャールのマラルメ」(兼子正勝訳) 〔『ミシェル・フーコー思考集成2』筑摩書房、1999.3、pp.205-219→『フーコー・コレクション2』ちくま学芸文庫、2006.6、pp.264-285.〕
(Michel Foucault, «Le Mallarmé de J.P. Richard», Annales, 5, September 1964, no. 19, pp. 966-1004. DE, [28])

ミシェル・フーコーニーチェフロイトマルクス」(豊崎光一訳) 〔;大西雅一郎訳「ニーチェフロイトマルクス」、『ミシェル・フーコー思考集成2』筑摩書房、1999.3、pp.402-422.〕
(Michel Foucault, «Nietzsche, Freud, Marx», lecture and discussion at the VIIth 'Colloque de Royaumont' (July 1964), in: Nietzsche, Cahiers de Royaumont, Philosophie no. 6 (Paris: Minuit, 1967), pp. 183-200. DE, [46])

ミシェル・フーコー「『対話』への序文」(松本勤訳) 〔『壁のなかの言葉:ルソーの『対話』への序文』哲学書房(ミシェル・フーコー文学論集)、1990.11〕 〔;増田真訳「ルソー『対話』への序文」、『ミシェル・フーコー思考集成1』筑摩書房、1998.11、pp.213-239→『フーコー・コレクション1』ちくま学芸文庫、2006.5、pp.204-243.〕
(Michel Foucault, «Introduction», Rousseau, J.J., Rousseau juge de Jean-Jacques Dialogues. Texte présenté par Foucault, M (Paris: Collin, 1962), pp. VII-XXIV. DE, [7])

ミシェル・フーコー「第七天使をめぐる七言」(豊崎光一・清水徹訳) 〔『幻想の図書館』哲学書房(ミシェル・フーコー文学論集)、1991.4、pp.142-157、訳文修正、『ミシェル・フーコー思考集成3』筑摩書房、1999.7、pp.309-326→『フーコー・コレクション3』ちくま学芸文庫、2006.7、pp.272-298.〕
(Michel Foucault, «Préface», = «Sept propos sur le septième ange», Brisset, J.P., La grammaire logique suivie de la science de Dieu (Paris: Tchou, 1970), pp. VI-XIX. DE, [73])

ミシェル・フーコー「「父親」の《否定(ノン)》」(東宏治訳) 〔;湯浅博雄訳「父の〈否(ノン)〉」、『ミシェル・フーコー思考集成1』筑摩書房、1998.11、pp.240-261→『フーコー・コレクション1』ちくま学芸文庫、2006.5、pp.244-276. 〕
(Michel Foucault, «Le "non" du père», bookreview, Critique, mars 1962, no 178, pp. 195-209. DE, [8])

ミシェル・フーコー「かくも残酷な知」(横張誠訳) 〔『幻想の図書館』哲学書房(ミシェル・フーコー文学論集)、1991.4→『ミシェル・フーコー思考集成1』筑摩書房、1998.11、pp.281-198→『フーコー・コレクション2』ちくま学芸文庫、2006.6、pp.33-59.〕
(Michel Foucault, «Un si cruel savoir», Critique, juillet 1962, no. 182, pp. 597-611. (cit. SL) DE, [11])

ミシェル・フーコー「『啓蒙主義の哲学』書評」(鷲見洋一訳) 〔;増田真訳「無言の歴史」、『ミシェル・フーコー思考集成2』筑摩書房、1999.3、pp.373-378.〕
(Michel Foucault, «Une histoire restée muette», (bookreview of Cassirer, E., Le siècle des lumières), La quinzaine litteraire, juillet 1966, no. 8, pp. 3-4. DE, [40])

【II 起源の虚へ】

ミシェル・フーコー「距り、アスペクト、起源」(豊崎光一訳) 〔『パイデイア』11号、1972年春号「特集=〈思想史〉を超えて:ミシェル・フーコー」→本訳稿→清水徹豊崎光一編訳『作者とは何か?』哲学書房(ミシェル・フーコー文学論集)、1990.9〕 〔;中野知津訳「距たり・アスペクト・起源」、『ミシェル・フーコー思考集成1』筑摩書房、1998.11、pp.355-374→『フーコー・コレクション2』ちくま学芸文庫、2006.6、pp.128-157.〕
(Michel Foucault, «Distance, Aspect, Origine», Critique, novembre 1963, no. 190. Repris dans Theorie d'Ensemble (Paris 1968), pp.11-24. DE, [17])

ミシェル・フーコーニーチェ、系譜学、歴史」(伊藤晃訳) 〔『ミシェル・フーコー思考集成4』筑摩書房、1999.11、pp.11-38→『フーコー・コレクション3』ちくま学芸文庫、2006.7、pp.349-390.〕
(Michel Foucault, «Nietzsche, la genealogie, l'histoire», Bachelard, S. et al., Hommage a Jean Hyppolite (Paris: PUF, 1971), pp. 145-172. DE, [84])

【III 透明な死へ】

ミシェル・フーコー「カントについての講義」(小林康夫訳) 〔『ミシェル・フーコー思考集成10』筑摩書房、2002.3、pp.172-184.〕
(Michel Foucault, «Qu'est ce que les Lumières?» = «L'art du dire vrai» (first lecture at the Collège de France on 5 January 1983, Un cours inédit), Magazine Littéraire, mai 1984, no. 207, pp. 34-39. DE, [351])

ミシェル・フーコー「真実への気遣い フランソワ・エヴァルトによるインタヴュー」(湯浅博雄訳) 〔『ミシェル・フーコー思考集成10』筑摩書房、2002.3、pp.154-171.〕
(Michel Foucault, «Le souci de la verité», interview by Ewald, F., Magazine Littéraire, mai 1984, no. 207, pp. 18-23. DE, [350])

【IV 散乱の渦へ】

ミシェル・セール「狂気 伝達不可能なものの幾何学」(竹内信夫訳) 〔豊田彰・青木研二訳『コミュニケーション』法政大学出版局、1985〕
(Michel Serre, «Géométrie de l’incommunicable... la folie», Hermès I, la communication, Éditions de Minuit, 1968.)

豊崎光一「交差と非両立 ミシェル・フーコーにおける見ることと言うこと」

蓮實重彦「視線のテクノロジー 《別の歴史》への接近」 〔改題「視線のテクノロジー フーコーの「矛盾」、『表象の奈落』青土社」、2006〕

清水徹フーコーの文芸批評をめぐる覚え書」

・ モーリス・パンゲ「ミシェル・フーコー、修業時代の」(大久保康明訳)
(Maurice Pinguet, «Michel Foucault, les années d’apprentissage», 1984. Repris dans Maurice Pinguet. Le texte Japon introuvables et inédits, ed. Michaël Ferrier, Paris: Éditions du Seuil, 2009.)

・ 海老坂武「フーコーの眩暈 フーコーを非フーコー的に読むことへの誘い」

豊崎光一「二通の手紙 ルネ・マグリットからミシェル・フーコーへ」

・ 養老猛司「脳の中の過程 フーコーの斜め読み」

・ 八束はじめ「不完全な機械と自由」

【V 速度の論へ】

ジャック・デリダ「NO APOCALYPSE, NOT NOW 〈地獄の黙示録〉、そうではなく、今ではなく」(庄田常勝訳) 〔;藤本一勇訳「黙示録でなく、今でなく 全速力で、七つのミサイル、七つの書簡」、『プシュケー 他なるものの発明1』岩波書店、2014〕
(Jacques Derrida, «No apocalypse, not now à toute vitesse, sept missiles, sept missives» (Pas d’apocalypse, pas maintenant), (conférence prononcée en avril 1984 à l'université de Cornell). Repris dans Psyché: Inventions de l'autre, Galilée《La Philosophie en effet》, 1987, nouvelle édition augmentée, 1998, pp.395-417.)

        *

 上で引用したのは、雑誌「エピステーメー」の「緊急特集=ミシェル・フーコー 死の閾」の目次です。この号だけも取っておけばよかったと悔やまれます。

 パンゲさんだけでなく、蓮實重彦氏や、故・豊崎光一先生の名前も見えます。宮川淳氏の名前がないのが残念でなりません。豊崎光一先生(1935-1989)と宮川淳氏(1933-1977)には、もっともっと長く生きて、もっともっとお仕事をしていただきたかった。合掌。

 なお、上の目次は以下のnoteの記事から引用させていただきました。これも貴重な資料です。

note.com

*出典

 この記事は、過去のブログ記事(現在はありません)からの引用からなるパッチワークであり文供養です。

*「ひとかたならぬお世話になっております」
*「ああでもあり、こうでもある」
*「スポーツの信号学(1)」
*「うつとあ・そ・ぼ、あるいは意味の構造について」
*「たとえる(9)」
*「名のないモンスター、あるいは外部の思考」
*「それは違うよ」
*「ま~は、魔法の、ま~」
*「交信欲=口唇欲」
*「病室の蛍」
*「言葉は言葉(言葉は魔法・第5回)」